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【禅をきく会2】「死に向かって生きる」~南 直哉(みなみ じきさい)老師~

【跳】

こんばんは。
ブッタの教えを日常に取り入れている、オダジバガマックス跳です。

第161回「禅をきく会」に行って参りました。跳自身は2回目ちーん。
今回は「死に向かって生きる」というテーマでした。
講師は、青森県恐山院代・福井県霊泉寺住職「南 直哉(みなみ じきさい)老師」
会場は、仙台市太白区文化センター 楽楽楽ホール(トリプル楽しいで「ららら」と読みます)

前回が、笑い飯の哲夫さんのおもしろ仏教講座だったので、今回は逆にどのくらいお固い講和かと思っておりましたが、南老師も吉本出身?と思うくらい芸人さんのように感じるほどにおしゃべりが洗練されており、びっくりでした。
吉本デビューするかもしれん。

それでは、ためになるお話の中から、ひとつ、ふたつ、端的になりますが、特別に。(跳の記憶話なので、南老師が実際言った言葉とは違います。あしからず。)
禅をきく会161回.JPG
生と死について。
今から死ぬときまでが生で、死んだときから先が死、ではない。区切れるものではない。
まして、死んだ先なんて誰も知らん。
生と死は別々に訪れるものではなくて、同じくして進んでいるもの(並行して進んでおる)。
これからの人生は、還暦すぎてればもういい!自分のことなんてもういい!
人のためになにが出来るかを考えよー。
おまけ、終活フェアなんてのもある。(跳は、生前葬やる!)

自分がやるべきことと思ったことを、最後にやりきったかどうか。そして、自分の死を受け入れる。(ここの最後というのは死ぬときだ)
「わが生涯に一片の悔いなし!」と言えるかどうか。(ここフィクション、老師は言ってません)
やるべきことは、見つけてください。
ボーっとしてても見つかりませんよ。

ひとーつ。
・得をしようと思うな。
ふたーつ。
・ほめられようとするな。
みぃーっつ。
・友だちを作ろうとするな。
さて、これを聞いてどう思いましたか。
上記3つに関して言えば、考えてすることではない
無理してやることじゃないし、頑張ってやることじゃないんです。
意識しないでできちゃう人、できちゃってる人が、、、、、なんです。(説明下手くそ)

次回、禅をきく会は、、、
8月30日(木)岩手県正法寺専門僧堂堂長 盛田正孝老師 である。

オダジバガマックスブッダになる修行は続く・・・。(マジか?)

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